今週の「エーガ界に捧ぐ」

が青臭く素晴らしい。中原昌也てんてーの論究がすさまじい。例えばこれ。

「最初から生きる価値のない救い難いクズしか特定の宗教になど入らないに決まっているけど、テレビなんてもっと能率よく多くの軽度の低能を搾取できるものだと今更ながら感心。(略)。所詮我々は消費社会の歯車でしかなく、それ以上の価値なんて求められていない。「美しい国」なんて戯れ言言うより通りで歩いている人を理由なく刺した方が誠実な人に思える(無償の行為ってことで)。(略)獣の世界と同じ弱肉強食の無情の世界、いやそれ以下の詐欺が横行する世界に住む我々は人間扱いすらされていない。そんな社会の中で「いい話」などする奴、泣く奴、全員偽善者或いは低能。」(中原昌也「エーガ界に捧ぐ」scene328より)

また彼が好きになる文章である。the smithsの「人生は、ただ持って行かれるばかりで、何も与えられはしない」を思い出した。本当にこの社会は消費社会の感覚を備えさせるために全てを奪う。時間も金も。時間は全てを変える。金も全てを変える。関係性を取り去って、個人としての消費者を生み出す。それだけで充分だ。そんな社会で「いい話」する奴、泣く奴、全員偽善者或いは低能。