劇団四季”Crazy for You”

作詞・作曲ジョージ・ガーシュウィン

ダンスが好きな銀行の頭取の息子が、仕事で田舎町に劇場を差し押さえにいくが、そこで出会った女の子に一目惚れという話。

ミュージカルは好きだ。ミュージカルの発端は、開拓時代のアメリカで当時英語が母国語でない人々にも分かるよう間に曲をいれ、分かりやすい話かつハッピーエンドっつーエンターテイメントができたとか聞いたことがある。実際、本作も分かりやすく、力技の(もしくは無理矢理の)ハッピーエンドであるが、そんな風に解説されると「だから、ミュージカルはいつも同じ、古典的だ」等と批判されているような気にもなってしまう。

ミュージカルが最後がハッピーエンドしかないお決まりの定形劇ばかりだとしても、だからといって、僕はそのやり方が悪いとは決して思わない。客だって金を払うのだから、代価として「ハッピーな気持ち」にさせてくれる舞台を期待するのが常、何が悪いというのか。同じことが映画にも小説にも言える。

タモリは「ミュージカルって、話の途中でいきなり、踊りだすでしょ。あれがダメなんだよねー」とテレビで言っていたが、僕はそこが好きだ。話を遮ってダンスに入るあの感じが現実と踊り手の心の中の世界を行ったり来ている感じで、面白い。ダンスがストーリーを遮らずに進む感じとか、皆で踊りだすあの迫力とか。つきつめれば、結局、いきなり人がわさわさ出て、踊りだすわけのわからなさなんだけど、その分からなさと明快な感じの融合がおもろいと思う。無理矢理ハッピーエンドにもっていくんだから、展開につっこみどころはあるが、台詞っつーか、歌っつーか、全体っつーか、なんつーか、その辺をより大事に考えたい。ミュージカルの舞台俳優はすごいよなー。歌って踊って、おまけに公演が続くんだもの体力勝負。主役に選ばれるには、外見だって重要だろう。

一人でミュージカル。当然、劇場は女子或いはカップルばかりだった。こういうのを観た後に、劇の話をする帰り道というのが、日常の美しい風景であるはずなのに(土曜の晩、食事して、ミュージカルを観て、カップルがどこにいって何をするか、聞くのが野暮ってもんだ・・・)、黙ってチャリぶっ飛ばして帰宅。そんな自転車こぎこぎして、お前はエロ本買った中学生かと。25の俺は自身に問いたかったのだよ。