プラ偏

また、飲み会よ。飲み会。今日も。

broken social sceneのアルバムを買った。まぁまぁ良かった。いずれレビューしよう。

先日、プライドと偏見をみたわけだが、えがった。韓流ドラマや昼ドラを超えるクラシカルな恋愛に、やはり人生も恋愛も障害があった方が100倍おもろいと再認識させられた。分かりきった事実である。必死に避ける、必死に戦う、仮想敵国と接しているうちに、目的と充実感を発見する。特に、映像が良かった。全部イギリスで撮ったらしい。

今回もシネマ楽天地。ここはかなりお気に入りな映画館。なんたって、人がいない。レイトショー割引で、客2人よ。2人。俺のプライベート映画館といっても差し支えない。千葉の寂れた映画館と同じ状況である。人はそれを場末と呼ぶけれども、俺はこの場末感が好きなのである。

リリー・フランキー「東京タワー」を読んだ。これは間違いなく「名作」である。アイリコメンドにユーマストバイである。正直、僕はもう本を読めないと思っていたが、これはすっとなめらかにどんどん読めた。本当に泣く。号泣必至である。オカンが死んでからラストは特に。これを無感動に読めるなら、その人が可哀想にすら思えてくる。方言と標準語を絡めた巧みな言葉の選び方、文章の軽快さが秀逸。福田和也は、現在の日本文化の最も高い達成と評しているが、まさに。

エントリー消えた。かー。もったいない。二回書く気はないので一言、良かった。

オリストやカミュなんて知らない、も気になりつつ。